このノーマルスーツを着て船橋に出ろと?
「ノイマン大尉、ご相談が」
ミレニアム勤務のノイマンが一室を借りて事務処理をしていたら、ちょうど一息入れるタイミングで現れたのはハインライン。
「どうしましたか?」
端末などの小物が置かれた机を挟んだ向かいのイスを勧めるが、ノイマンの横に立ったままに起動されるモニター。ずらりと映ったのは色とりどりのノーマルスーツ。
「技術大尉の権限であなたのノーマルスーツを新調しようと思います。お好きな形と色をお選び下さい。表示してあるのはあくまでも一例。ここにない色でも対応可能ですので遠慮は必要ありません。ヘルメットにペイントもできます。希望のデザインを教えていただきたい。参考資料はこちらになります。今は仮のデザインとしてエンジェルホワイトを基調としたものを用意しました。ロッカーに入れておきましたので、新しいものが出来上がるまではそちらのノーマルスーツの着用をお願いします。サイズに関し」
「白はダメでしょう!?」
相変わらず一息の情報量が多い。反応が遅れに遅れてしまう。
「?」
首を傾げるな。ハインライン大尉は顔がいいから違和感が薄いのもたち悪い。
「何で?みたいな顔をしない。白は隊長や艦長の色でしょうに」
「オーブの軍服は白を基調にしていると記憶していますが」
「ここはコンパスですよ」
コンパスではオーブや連合に元々あった階級制度と、ザフトである立場による制服の色違いの両方を採用している。
長となるものは白。副官に準ずるものは黒。その下は細々した違いはあれど、オーブ出向者は青、ザフト出向者は元々来ていた赤や緑といった色を着ることが多い。
「ノイマン大尉はアークエンジェルの副長権限をお持ちでしょう。隊長も副長も変わりませんよ」
「んな訳あるか」
「そこは冗談です。コンパスにノーマルスーツの色で文句を言うような狭量な人間はいません。ハーケン隊の彼らも黒を基調としたノーマルスーツだったでしょう。フラガ大佐は紫を着ていますね。プラントでは長となる者は紫を着ることも多い。ささいな事です」
情報量が多い中にわかりづらい冗談をぶち込むのはやめてほしい。
「そうだったような……」
MSパイロットたちのノーマルスーツのデザインがぼんやりとしか浮かばない。特にミレニアムのブリッジにはパイロットが来ることも少ない。(アークエンジェルは慢性的な人手不足なのでMSパイロットが副操縦席やCIC席に座るのはよくあることだった)
「だからノイマン大尉が白いノーマルスーツを着るのは問題ありません。なによりもう準備も済んでロッカーに入れてありますし」
「あっ」
もうあるんだった!
そうなると疑問が一つ。
「デザインを俺に決めろと言っていませんでしたか?」
「貴方はデザイン……ファッションと言い換えてもいいでしょう。そちらに大して関心がないのを知っています。デートに毎回ジャケットスタイルで来るから、好みの服かと思っていたら!ホルスターが仕込みやすく頑丈だという理由で!!少しでもあなたによく見られたいと毎回めかし込んでたというのに!デートのときまで守ろうとしてくれたのは嬉しいが、浮かれて気が回らなかった自分が恥ずかしい!!一生根に持つからなアーノルド!!」
その件に関しては申し訳ないと思っている。着る服に拘りもないので、着回ししやすく、ホルスターを仕込めるようにジャケットを愛用していただけ。
己の容姿に興味のなさそうな見目のいい男が、パートナーである俺に良く見られたいからと着飾る姿に庇護欲が増して、デート毎に隠し装備を新調したのは内緒だ。
「仕事中ですよハインライン大尉」
緩みそうになる顔を引き締めて呼びかける。
「……失礼しました、ノイマン大尉」
モノクルデバイスを片手で押し上げ、声色と顔を整えたハイライン大尉が息を吸った。
不機嫌に尖った口がそのままなのは見逃そう。
「先程言った通り、あなたはデザインやファッションにあまり興味がない。新しいノーマルスーツを用意してしまえば文句の一つでも言いながら着るだろうと予想しています。希望の色やデザインがあれば遠慮なくどうぞというのも本心です。私が用意したものと、あなた好みのもの。ノーマルスーツを二着所持していても何ら問題はありません」
「滅多に着ないのにデザイン違いで二着持っててもな…………これは俺に文句を言わせる余地はありつつも一着目を拒否するようにはなってないな?」
俺の性格と行動パターンをある程度把握されているからこその立ち回りだ。
人間に興味を割かない奴から向けられる、執着によく似た関心に悪い気はしない。
「アレクセイから助言を貰いましたので」
「コノエ艦長……」
うっかり漏れたため息は許して欲しい。
滅多に着ないであろうノーマルスーツの新調なんて勿体無いとは思う。だか、現物がある以上いらないと突っぱねると更に無駄になるのだからタチが悪い。どうせここまで読まれているのだろう。
知略の無駄遣いではないだろうか。歳の離れた友人の初恋に浮かれているとはコノエ艦長ご本人から聞いたことはあるが、ここまでするとは。職権乱用二歩手前。
前には端末を片手に迫ってくる、アルバート。こちらの撤退経緯をやさしく丁寧に塞いできたコノエ艦長。相性の良いことで何より。ミレニアムは安泰だ。
「わかりましたよ。ありがたく貰っておきます。どんなものか見ても?」
ハインライン大尉が端末を操作すると、画面に表示されるノーマルスーツ。
「これ、は……?」
まず目についたのは白いヘルメットに二枚の翼。スーツも白を基調としている。黄色、青色のワンポイントに赤いライン。足先は黒。
「……アークエンジェル?」
乗るばかりで外から見ることは殆どなかったとはいえ。いくら自身がファッションやデザインに疎いと言われても。
自分が乗る……乗っていた戦艦の姿くらいは覚えている。
「そうです。アークエンジェルです」
「待て待て待て」
ハインライン大尉はしれっと言うが、これは宜しくない。説明のつかない不安さが胸中を重たくする。
「何の問題が?アークエンジェルとはあの艦(フネ)であり、あなたがたであり、あなただ」
これはハインライン大尉の口から何度も聞いた。
世界に名を轟かせた大天使は戦艦とクルーを含めてのものだと、クルーが生きているのならば、不沈艦は健在なのだと彼は言う。
「……我らが大天使。僕のアーニー。君が武装を纏って僕を守ろうとしたのだから、僕は僕の権限と技術で君を守護することに何の不思議がある」
のぞき込んでくる蒼色の瞳に、意志の硬さを見る。先程の一生根に持つというのをこんな場所と重みで知ることになろうとは。
「仕事中だよアル」
軍人として釘は指しつつ、彼の愛を受け容れることにした。賢くて莫迦で可愛い男。
「受け取りはするけど、これを着る機会がないことを願うよ」
一介の操舵士がノーマルスーツを着る機会は少ない。ファウンデーションのような急事態は起こらない方がいい。
「有事に備えるのが僕の仕事ですので」
胸に手を当てて、慇懃無礼に微笑むハインライン大尉は可愛くて可愛くない。これに惚れた時点で負けのようなものだ。
最後の文句はこのノーマルスーツを着るときまで置いておくことにした。
※くるっぷから再掲